松樹千年の翠
2026.01.1皆様、明けましておめでとうございます。
今年も玄侑さんの書より抜粋させていただきました。
よく茶席などでも見かける言葉だが、言葉そのものの典拠は今のところ不明である。
しかし意味は読んで字の如く、変わらぬ松の緑を讃えているのである。
この季節東北地方などでは落葉して葉のない木が多い。そんな中で相変わらずに
見える松の姿に、人間の恒心を見てとっているのだろう。禅寺に松が多いのは
「巌谷に松を栽」えた臨済禅師にも因んでいる。そこでの松は永劫に教えを伝えるべき
弟子、あるいは伝わるべき教えそのものを象徴しているのだが、しかしそればかりではなく
、やはり人を変わらぬものをどこかで求めているのである。
しかし、諸行無常が世の習いであるなら、松だって変わらぬはずはない。
人知れず葉を入れ替える。ただそれを人に見せない人生態度が尊ばれるということだろう。
どうもここまで書いてきて、松は随分見栄っ張りだとも思う。だから雪など降ると
、一身にその重さを受け入れて枝折れする。「柳に枝折れなし」とは逆に、まるで
家族をかばう父親のイメージ。枝が折れても淡々としている、とまた誉められたりする。
私としましては、柳のように柔軟性を持った生き方も良し。また松のように変わらぬ意思を
持った生き方も良し。柔軟性を持ちながらも一本筋の通った生き方が一番美しいように
愚考します。
本年もどうか宜しくお願い申し上げます。



