「喜働」という働き方~

「喜働」という働き方~

2021.07.23

心の底から喜べないオリンピックが始まろうとしています。

私は今からでも中止すべきだとおもっています。

全国すべての都道府県で感染者はうなぎ上りで歯止めが効きません、、

オリンピックが終わる頃には、東京の感染者も恐らく3000人を越え、

再度の医療崩壊状態をきたすことが容易に推測できます。

個人的には、中止もしくは延期すべきではなかったでしょうか?

 

いつも税理でお世話になっています敏腕税理士のH先生には、税理のほか人生相談にも

乗って頂いております。

私の医者人生も終わりに近づいてきております。

身体と頭が動く間は仕事を続けていく覚悟ですが、

引退するまでの集大成として、H先生から教えていただいた「喜働」という言葉の

持つ意味を理解し、実践できるような職場環境造りを心掛けたいと考えています。

食べるためだけの手段である労働は「苦働」だそうです。

私も含め、職員みんなが、患者様のためにという気持ち、気概をもつことによって

患者様を介して社会貢献することが「喜働」ではないか、と私なりに解釈しています。

特に若い頃は、手術の件数ばかり気にしていた時代もありましたが、

歳とってきますと、手術の件数が大事なのではなく、手術により満足してくださる患者様の件数が

多いことが、価値あるものであることがわかります。

 

70歳ぐらいまでは現役で頑張りたいとおもっていますが、残された医者人生、

私も「喜働」できるよう努力したいですし、職員の皆さんにも「喜働」していただけるよう

最大限の努力を惜しまず実践していきたいです。

 

 

母の日やね~

2021.05.8

有難いことです。

診察時間の短い土曜日でしかも緊急事態宣言下にありながら

100人近い患者様に来ていただき、本当に感謝です。

医師会を退会した私のようなものを信頼して来て下さる患者様

一人一人をしっかり診察させていただけるよう努力しなければいけません。

60歳も過ぎると、金曜、土曜ぐらいになるとやはり疲れがたまってきますが

しんどいとは言っておれません、これからも患者様に満足していただける医療を

提供できるようがんばっていきたいです。

 

明日、ケーキを届けようと思っていましたが、たぶん明日はケーキ屋さんが混むと

思い、前倒しして、今日、仕事が終わってから、家内と施設の職員の皆さんに

10個ケーキを差し入れてきました。

母の日のささやかなプレゼントです。

家内が美味しいと思って食べてくれれば有難いです。

家内が一日一日を幸せに生きてくれれば、それだけでいいです。

禅語で頭の体操を~

2021.05.6

玄侑istのわたしですが、いままですべての玄侑さんの書は読み尽くした

とおもっていましたが、この書はまだ読んでおらず、すぐに購入しました。

玄侑さんの書は一回読めばすっーと頭に入ってくるものもあれば

3~4回読んでもなかなか理解できない難しい書も多くあります。

おそらく玄侑さんも素人向け、玄人向けと分かっていて書いておられるものと

想像します。

この書も、多くの禅語を、荘子やお釈迦様の考えを織り込みながら

玄侑さんなりの解釈を示しておられるようです。

腕に自信のある方は是非読んでいただきたい!

諸行無常を切に感じた一年でした~

2021.05.2

家内が若年型認知症を診断されたのが8年前です。その後、家内と二人三脚で頑張ろうと

介護してきましたが、流石に仕事との両立は難しく、気が付いたら私の体重が半年で13kgも

減っており、体調にも不調をきたすようになり、このままでは共倒れになると考え、

昨年5月にまず精神病院入院で治療をしていただき、9月から、小規模多機能ホームで

お世話になっております。精神病院入院中には看護師がコロナに感染し、家内らも全員PCR検査を

受け幸い全員陰性で胸を撫でおろしました。退院時には自力では歩けないぐらい衰弱しており

生命の危機を感じたほどでした。

その後の入所先で、本当に手厚い介護をしていただき、自力歩行もできるようになり、

自分でスプーンを持って食べることまでできるようになりました。

 

家内が近くに戻ってきてくれて、状態もかなり良くなってくるにつれ、わたしの体調も

だいぶ良くなってきました。

家内の認知症発症と時を同じくして、私は、自己都合で15年間所属した医師会を辞めました。

私は元々、昔から表舞台は歩めない、裏街道を歩いてきたような人間ですので、特に不自由さを感じることもなく

医療を続けて参りましたが、年齢的にももうこの先長くは仕事は出来ないだろうと思い、

最後ぐらいは、医師会に所属した真っ当な医者で終わりたいと考え、医師会に再入会を申し込み

ましたが、反対され、再入会はかないませんでした。

残念ですが、今まで通りですので、裏街道を歩きながらも、患者様本位の医療をしっかり続けさせて

いただきたいとおもっております。

 

私は今まで一度も長男には、医院を継ぐように強制したことはありません。長男には長男の人生が

あります。ましてや、うちは代々続いた医院でもありませんし、私がゼロから始めた医院ですので

私の代でゼロに戻っていいと考えております。

ただ、身体と頭が動く間は、患者様のために貢献させていただければ幸いとおもっております。

 

連休初日の今日もまず家内の面会に行ってから、

わたしのトレジャーであるローライダーとサイドカーに乗ってきました。

昨年のGWはとてもバイクに乗れるような体調、精神状態ではありませんでした。

今年、こうやって趣味に時間を割くことができるのも、

家内にいい介護を提供してくださっている施設のスタッフの方々のおかげと感謝しております。

有難う御座います。

ハーレーと加美町地鶏親子丼~

2021.04.18

友人との数年ぶりの再会でした。

還暦過ぎた二人で、地鶏で有名な多可町加美区まで

プチ・ツーリングしてきました。

ラベンダーパーク内にある食堂、結構混んでいまして

待ち時間がありましたが、旨い加美町地鶏親子丼にありつけました。

自然、食、いいところですね!空気が澄んでいますね。

帰ってきてから、家内の面会に。

顔色もよく元気そうでした。職員の方から、よく食べられてお代わり

されるのですよ、と言っていただきました。

本当に丁寧な介護、感謝しております!

 

そろそろ趣味を再開してみたいと思います!

2021.04.11

昨年は家内の介護や、私が体調を崩し、とてもバイクに乗れる様態では

ありませんでした。

家内も近くの介護施設に入所出来、一日一日頑張ってくれています。

 

以前は毎日家内の面会に行けていましたが、今はコロナが増え

日曜日と木曜日の週に2回だけにしています。

今日も家内の面会に行った後、少し乗ってきました。

 

来週はハーレー仲間で友人の藤本さんとプチ・ツーリングに行く予定です。

今年は、家内のこと以外に、趣味にも少し目を向けていきたいと思っています。

「無」の場所に咲く花

2021.02.14

3.11が近づき、写真:青柳健二さん、文:玄侑さんの「花咲うー被災地の櫻と復興」

を再度読んでみました。

 

その中で印象に残った部分を抜粋させていただきました。

 

東北には、江戸彼岸櫻がたくさんあります。私の寺にある枝垂櫻もそうです。この花は

ソメイヨシノよりも花房が小さくて、咲き方が密です。それだけに、たんに華やかなだけでなく

妖艶さのようなものを感じさせます。夜櫻などは凄みをかんじるほどです。

震災で大きく地面が揺れたため、東北の櫻の多くは根切れを起こしているに違いありません。太い根が

切れてしまうのは、木にとって大きなダメージになります。けれど、その年もその翌年も櫻は

きれいな花を咲かせました。たくましさに感じ入ります。

震災以後、実生の櫻を育てるという活動が起こっています。実生というのは、種から発芽して

生育した植物のことです。苗を移植すると、主根が一度切られてしまいます。主根を切って側根を

増やすのは移植の際の一つの方法なのですが、いちばん長生きするのは、主根を切らず、種を植えた

場所で育った木なのです。

そうした木が「この土地で生きるんだ」と、我々を励ましてくれているように思います。

放射能被害で福島を離れた人々は今現在、五万人余りいます。いったん出て戻ってきた人たちも

いますが、いずれにしろ、「ここで生きるんだ」と決心した人間に、植物はいろいろなことを

教えてくれます。

動物と植物の違いは、都合のいいところを動き回って生きるか、ある場所に固定して生きるか、です。

植物は一つの場所を動くことなく、自分自身を変化させて生きています。夏の櫻の鬱蒼とした様子は

葉を落とした冬のときとはまったく違います。一年のあいだに、大きく変化する日本の木は、一つの

場所で四季という大きな変化に合わせて生きているからです。そういう意味では、「自分を変化させて

この土地で生きる覚悟」のようなものを植物は私たちに教えてくれます。

短期間に一斉に咲くということは「祭り」につながります。もともと「花見」は花が咲いてる山に行って行う

ものでした。平安時代に貴族が邸宅の庭に木を植えるようになって、櫻は身近なものとなりました。大正年間には

ソメイヨシノが大量に植えられ、庶民にとってもポピュラーな花になりました。

そうして花見はどんどん大衆化し、手ごろな祭りとなったのです。もしも櫻が一か月も咲きつづけたら、そういう

祭りも起こらなかったかもしれません。短さ、儚さ、潔さがエネルギーを生じさせるのでしょう。

復興に際しても、ばらばらになった人々が集まる最大のきっかけになるのが、祭りです。

「祭りをやるから集まろう」と言って、再会したり、再会を期したりしているのです。祭りがコミュニティを

保ち、復興の礎を作っているのだと思います。

震災では警察と自衛隊が非常に頑張ってくれました。彼らがいなければ、がれきを片付けることも

できなかったでしょうし、遺体の捜索もできなかったでしょう。

しかし、考えてみると、アルバムを拾ってくれる軍隊というのは世界中探しても、日本にしかありません。

軍隊でないという不自由さ、無力さの中で、自らの在り方を探求した結果、彼らは災害復旧にこれだけ貢献

できる集団になったのだと思います。

終戦後の新しい憲法のなかで、天皇陛下は国民の「象徴」となり、明治・大正天皇と比べると極度に

無力化されてしまいました。そうしたなかで両陛下もまた自らの在り方を模索されてこられたのだと思います。

日本は「無」のまわりに集まっている国です。そして、「櫻」には、その場所を無化し、周囲を賑やかにする

力があるような気がします。

 

わたしは、東北が好きです、特に福島が好きです。

一年一年復興が進み、「花咲(わら)う」東北であってほしいと

微力ながら願っています。

 

不便を取り戻す―生活の手間隙

2020.12.30

今年最後のコラムになりました。

今年は、家内や私が病気になり、大変な1年でしたが、

なんとか後半になり、家内も落ち着き、私も少し元気になりました。

今年最後は、やはり尊敬する玄侑さんのお言葉をお借りしてみたいと思います。

 

まさしく済洞あいまみれるの対談、曹洞宗の禅師板橋興宗さんと臨済宗の玄侑さんの

対談集「からだに訊け」の中から抜粋させていただきました。

 

玄侑:人間社会が文明化することに対する危惧というのは老子がすでに抱いておりますね。

老子が言うには「利器を使いすぎてはいけない」と。文明の利器です。「利器」などという

言葉が、本当に紀元前のはるか昔の時代にすでに存在しております。そのころの

利器といっても、今から考えれば、便利さからは程遠いものでしょう。しかしいかに

利器が人間をくらませるか。五味、五色、五声、要するに感覚を麻痺させるものだと

古くから危惧されていたわけです。

老子は無為自然であれ、自然に帰れと説いていた。その後もそうした考え方が中国には

継続して起こっております。たとえば陶淵明は「帰去来の辞」というのを書いて

「田園まさにあれなんとす なんぞ帰らざる」と詠っております。田園というのは

われわれのからだでもあります。つまりはからだを使って自然に帰れということです。

しかし、ここまで自然をどうにかしてしまった現代をどうすればよいのでしょうか。もともと

自然に帰れと言ったって、その自然というのはある種、頭に描いているところが

あると思うのです。それはやむを得ない。ただ、頭で思い描く自然をとりあえずは

目指してみるしかなと思います。そのためには単純ですが、生活の手間隙を取り戻すことが

必要だと思います。ある程度の便利さを放棄する覚悟が必要になる。利器を選べ、使いすぎるな

と老子がいうように、我々も文明の利器の全部を使っていたらだめになるでしょう。

 

玄侑さんは他の書でも、よく「便利は不便」と仰っています。

利便性、高効率を追求する最たるものは、スマホ、原発でしょう。

スマホがどれだけ犯罪の温床になっているか、また原発は一見便利にみえても

一旦氾濫すると手に負えなくなる。

こういう一見便利なものは、周り回って、結局は不便なものになる。

昨今の市場経済原理のもとでは、なかなか難しいが、人間は一度、不便に回帰しないと

いけないのではないかと、私はおもいます。

日本でも中国でも高度経済成長時に排出しすぎた二酸化炭素で地球温暖化が起こり

昨今の異常気象の原因となり、多大な災害を起こしている。ゴルフ場など、

人間の快楽のために自然破壊を起こしたことも自然災害を大きくしている原因と

思っている。

要するに人間が好き勝手しすぎたことに対する、自然界からの逆襲なのではないでしょうか?

わたしは新型コロナウイルスも自然界からの逆襲だと思えて仕方ありません。

あえて不便と取り戻さなくてはいけないとおもいます、昭和の生活様式に戻らないと

このままでは、人類は破滅の方向に向かってしまう、を私は危惧します。

 

皆様、良いお年をお迎えください。

来年はよい年でありますことを祈念いたします。

今年も一年、コラムをご覧くださって有難う御座いました。

玄侑さんと釈さん

2020.10.22

私は玄侑istですが、最近は真宗の釈徹宗さんの書も読ませていただいております。

釈さんも玄侑さんに負けず劣らず、頭の切れる宗教学者です。

最近読んだ、釈さんの「隨縁つらつら対談」の中に

 

以前、臨済宗僧侶で作家の玄侑宗久さんと私が、会場の方の質問に答える

という場面で、「大学4年生で就職活動の真っ最中の子供が、35社受けて

全部落ちて、とにかくふさぎ込んで自信をなくして鬱々としています。

私は、どう声をかけたらよいのでしょうか?」と問いがあって。

玄侑さんは「一番大事なのは、あなたが36番目にならないことです」と。

家庭も社会と同じ価値観だと行き場がない。あなたは、別の価値で息子さんと

向き合いましょう、とお話していました。

 

玄侑さんのウィットに富んだ、頭の良さを垣間見る、一場面でした。

私は玄侑さんのこういうところが好きですね。

諸行無常を特に感じる昨今~

2020.09.17

久しぶりのコラムです。

家内の入院、入所などで、私も大変な毎日を過ごしております。

幸いなことに仕事は休まずに、元気に外来診療をさせていただいております。

 

例年なら、来年のオリジナルカレンダーを作成している時期なのですが、

残念ながら来年のカレンダーは作成できません。

メンバーが減ってしまったためです。

今年までは、うちのワン、ニャンがモデルで、1月~12月及び表紙をまかなうことができていましたが、

一昨日もフレンチブルのベベが亡くなったり、カレンダーを作るだけのメンバーがいなくなってしまいました。

家内が元気な頃、同じような時期に飼い始めた子たちでしたので、同じような時期に亡くなっていきました。

家内の病気をはじめ、動物たちのことに関しても、つくづく諸行無常を感じているこの頃です。

 

生、老、病、死は誰も避けることはできません。それに苦も加わってきます。

それを十分にふまえて、わたしも残された人生、医療を通して社会貢献をさせていただければ

幸いだと思います。

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