医師を択び、薬を用い、老いを養う

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医師を択び、薬を用い、老いを養う

2015.11.25

我が玄侑さんが江戸時代にタイムスリップし貝原益軒先生と談話した書「養生事始」より抜粋しました。

 

益軒先生もおっしゃるように、お医者さんはよくよく選ばなくてはならない。「およそ大医たるには

先ず儒書に通ずべし」、あるいは「易を知らざれば、以て医をなるべからず」などという言葉も

あるらしく、要は医師をいう専門職をいえども人間を総合的に相手にするわけだから、総合的な

学問が必要だというのである。

思えば医学も薬も日進月歩。「旧説になづみて時の変をしらざる」も良医とは言えない。

総合的な学問だけでなく、かぎりない探求心と理解力、さらには実践力が求められるわけだから

これは生半可な仕事ではない。

しかしお医者さんは、元氣でなければならない、と私は思う。これはタフでなければ耐えられない

という意味だけでなく、病気もうつるが元氣もうつるからである。お医者さんはタフで明るく

しかも総合的な教養があって魅力的、そしてなにより私が求めたいのは、生命という不可思議な

現象に対する謙虚さである。

治癒という生命の自然現象を、適切に促すのがお医者さんだとすれば、お医者さんには

自信過剰になってほしくない。個別のケースにおいて、奇跡が起きる可能性も信じるほどの謙虚さを

求めたいのである。しかし自信過剰はいやだが自信がなさすぎるのも困るわけで、この辺の

兼ね合いが非常に難しい。ともあれ、一人の人間として敬意をもてるお医者さんであれば

治療効果も高まるはずである。

「人身、病なきことあたわず」と益軒先生はおっしゃる。だから「医をまねきて治を求む」るのは

誰しも必ず経験することだが、その際、上等の医者は「みだりに薬をほどこさ」ない。薬は毒を思い

なるべくなら飲まずに済む工夫が必要だろう。

私はからだに苦痛がある場合の緩和剤などは、我慢せずに積極的に飲むべきだと考えている。

「我慢」は仏教の「七慢」の一つ。自分の考え方にこだわる傲慢さほどからだに悪いものはない。

医師に求められる「臨機応変」の力が、養生する患者自身にとっても大切だということだろう。

 

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