とにかく難しい・・

とにかく難しい・・

2013.09.19

今、南直哉さんの「正法眼蔵」の解説本をよんでいます。

半分ぐらい読みましたが、予想通り難しいです。

道元禅師もすごいですが、禅師の教えをここまで解釈する

南僧もすごいです。

私なりに解釈すると、つまるところ

修行→悟り→無常でしょうか?

現在、ここまで仏教を理解して営業しているお坊さんは

はたして何人おられるでしょうか?

死語ですが、かって聖職といわれた僧侶、教師、医者

現在、自他ともに、とても聖職なんて呼べないことは自明ですが

特に人間の魂の領域を左右するお坊さんにはしっかり

勉強していただきたいものです・・。

南さんのすごいところは、仏陀の本当の教えを記したものが

ないので、仏陀と同じ生き方をして、仏陀の教えたかったことを

体得するつもりでおられる。

僧侶、教師、医師はこれぐらいの気概をもって、やってもらいたい

ものです。

 

仏教における応病与薬

2013.09.12

今日も尊敬するM僧とA氏の対談から。

 

M僧:ところが困ったことに、一対一の対話で言葉を発するという訓練が伝統教団

にはないんだよ。伝統仏教と檀家との関係は、これまでお葬式と法事がすべてだった。

法話も、故人の親族一同を前にして説教するという枠組みになっている。要は

個人が相手ではなく「家」が相手。その「家」も、たいがいどこも似たり寄ったり

だったので、「家」に応じて話の中身を変える必要なんてなかったんだ。

A氏:なるほど。十把ひとからげでは「応病与薬」とはいえないな。

m僧:ああ。ひとりひとりの症状や病の重さにあわせて薬を調合しなくてはいけない。

自殺というアポリア

2013.09.4

今日も尊敬するM僧とAさんの対談より抜粋しました。

 

M僧:ただ、私にとって最大の難関は、信仰ではなく、「自殺」の問題だった。

だって、一発必殺のカードじゃないか。困難のすべてを解決する。これをなぜ

捨てる必要があるのか。なぜ自殺してはいけないのか。実際、私もひとりの僧侶として

何人もの自殺志願者の話を聞いてきたんだ。彼らは自殺について、とことん考えている。

とうてい理屈で説得して翻意させることなんかできないね。

そもそも私自身が「どうせ死ぬのになぜ生きなくてはならないのか」とくりかえし

考えてきた人間だよ。彼らの言うことは身に沁みてわかる。それほど苦しいならば

「死ぬ」という選択肢があってもいいのではないか。そう考えるのも当然だと思う。

Aさん:にもかかわらず、和尚は生きた。

M僧:そうさせたのが、仏陀その人だな。仏陀も私と同じことを感じていたにちがいない。

その仏陀も八十年生きた。この人が何を考えていたのかを私は知りたい。ところが

そこを明晰に言う仏教書がない。だから私自身が仏陀のように生きて確かめるしか

ないと思ったんだ。

Aさん:では、和尚も自殺したいと考えたことがあるわけ?

M僧:いや、私自身は自殺しようと思ったことは一度もない。そうではなく、なぜ

人間に自殺という選択肢が与えられているかに悩んだんだ。

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