自らを拠りどころとせよ、私なんかに甘えるな

自らを拠りどころとせよ、私なんかに甘えるな

2017.05.27

我が玄侑さんと瀬戸内寂聴さんとの対談「あの世この世」から抜粋させていただきました。

 

玄侑:お釈迦様がアーナンダに最後のお言葉を訊かれて、「自らを拠りどころとし、法を拠りどころとせよ、

それ以外を拠りどころとしてはいけない」とお答えになりますけれども、普通の、たとえば新興宗教の

教祖とかそういう人たちでしたら、私の考えを拠りどころとしなさい、私の教えを守りなさいと言うはず

なんですけど。そこが信じられないくらい偉大ですよね。

瀬戸内:ええ、そうです。そこが違うんです。あれは素晴らしい。「自らを燈明とし、自らを依拠として」

と。お釈迦様は、ご自分の言葉を守れ、、ご自分を手本にせよ、などとひとことも言っていないんですからね。

玄侑:それぞれが孤独なんだと。

瀬戸内:そうです。

玄侑:そして、その孤独の中から、尽きせぬものをくみ出して、そして、それを拠りどころとしなさいという

教えだと。

 

皆様もいろんな書物で「自燈明」という言葉を見たり、聞かれたことがおありかとおもいますが、

上記の対談がまさにそれです。

ただ、わたしは、世俗に生きている限りは、なかなか自燈明を実践するのは困難なことだと思います。

しかし理想ではあります。

いろんなしがらみや苦の中で生きていく人間は、死ぬ瞬間に自燈明を実現できれば、最高なのでは

ないでしょうか?

わたしは、死ぬ瞬間に、「我が人生、他人に迷惑をかけずに、一所懸命生きてこれた。」と感謝の

気持ちを持って、孤独に死んでいければ、これが自燈明の実践ではないかと愚考します。

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