「本来の自己」に戻るための物語としてのお正月

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「本来の自己」に戻るための物語としてのお正月

2017.01.1

年の初めはやっぱり我が玄侑さんです。

「お坊さんだって悩んでる」の中から抜粋させていただきました。

 

本来、お正月は「修正会」と呼ばれます。つまり正しい月ではなく、修正する月なのです。

一年の間に歪んだり捻じれたりした部分を元に戻す、というわけですが、ここで重要なのは

元々の状態がよほど良いものと考えられていることです。

大袈裟に言うと、「本来の自己」に戻る、ということですが、修正してニュートラルに戻る

ことがめでたいということは、「本来の自己」がよっぽど素晴らしいということです。

世の中には人間は原罪を背負って生まれたのだからそのままでは信用できない、と考える

宗教もあるわけですから、「本来の自己」が素晴らしいというのも、べつに確たる証拠が

あるわけではありません。ただ、そう信じる、ということです。

素晴らしいと信じる自己に戻る、というので「愛でたい」わけですが、それはいわば物語だと

云えるでしょう。

なあんだ物語なら関係ないや、と思われるかもしれませんが、私たちの人生は幾つものそうした

物語に支えられているのではないでしょうか。とくに死者との別離においては、葬儀や埋葬の

儀式がこのように行われることが「成仏」につながるのだ、という物語を執行しているに過ぎず

それは証明しようのない物語としての納得を提供しているに過ぎません。しかし、そこでは、手続きに

込められた真心によって、明らかに我々の心は新しいステージに運ばれるのです。

そう、お正月がめでたいというのも物語であり、しかもそこにはめでたく感じるための手続きが

必要です。

年末の大掃除は重要な手続きでしょう。女性にとってはお節料理を作る作業も重要かもしれません。

掃除もせず,お節もスーパーから届くというのでは、めでたさも中くらいなり、までも行かないでしょう。

めでたさの分量は、おそらく準備の手間暇に比例するのだと思います。

最近はなくなってしまいましたが、日本には古来さまざまな通過儀礼がありました。七五三、元服なども

スムーズに男の子や女の子になり、それから大人の男や女になるための、智慧深い儀式だったと云える

でしょう。べつに昨日とたいして違うわけじゃない。しかし、「その気」になり今日からは違うと思う

ことで、人はスムーズにそのように変化できたのだと思います。元服して新しい名前を貰うことは、ある種の

生まれ変わりかもしれません。

要は一生というサイクルのなかでそうした通過儀礼を経るのと同じように、一年に一度、生まれ直しをするのが

正月なのです。しかもそれはよく知らない「本来の自己」への回帰という形です。

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