セリエの遺言
2016.02.24養老孟司さんは、東大医学部出の昆虫好きな作家として、皆さんよく御存じだとおもいます。
私も大好きでよく書を読ませていただくのですが、養老先生はただ東大出の解剖学者であるだけでなく
書および考え方の根底に仏教の思想が流れているところがわたしは好きです。
今日は養老先生著の「かえがえのないもの」から抜粋させていただきました。
子どもの将来を考えるときは、世の中にあまり合わせないほうがよいのです。大学の教師がよく言っている
ことですが、就職が典型的な例で、若い人に選ばせると、そのときに景気のいい企業に入りだがります。
私が学生のころもそうでした。しかし当時は景気のよかった会社も、今ではどうしようもなく不景気なのです。
40年、50年先など読めません。
いちばんいいのは、どういう時代になっても人間のすることを考えてみることです。これなら大体わかる。
何がつぶれて何がつぶれないか、つまり流行とは何かということが何となくわかってくるはずです。
私自身何となく知っていたことですが、要するに「身についたものだけが財産だ」ということです。
私の母は極端な人でしたが、そのことを私が医者になる前に話してくれました。ハンス・セリエというオーストリア
生まれの医者がいます。ストレス、ストレス症候群という言葉はセリエがつくったものです。
この人はウィーン生まれで、お父さんがオーストリアの貴族でした。しかし第一次世界大戦が起こって
オーストリア・ハンガリー帝国が分解してしまいます。今の小さなオーストリアになってしまった。セリエの
お父さんは、先祖代々持っていた財産を失いました。亡くなるときに息子に言った言葉が、「財産というのは
自分の身についたものだけだ」です。それはお金でもないし、先祖代々の土地でもない。戦争があればなくなってしまう。
しかし、もし財産というものがあるとしたら、それはお墓にもっていけるものだ、と。
お墓に持っていけるものというのは自分の身についたものです。家ももっていけませんし、土地もお金も
持っていけません。自分の身についた技術は墓に持っていける、だからそれが自分の財産だというのです。
かけがえのない経験、かけがえのない財産と言われるものです。