科学と宗教の合流?

科学と宗教の合流?

2015.03.25

今日も、我が玄侑さんとエニアグラムの第一人者で聖心会シスターの鈴木秀子さんの対談から

抜粋させていただきました。

 

鈴木:医療の現場では、お医者さんや看護師さんたちの意識も変わり始めています。まだまだ

生かすための医療が主流ではありますが病院やお医者さんによっては、患者さんが最期の

ひとときを、家族や親しい人たちと穏やかに過ごせるような工夫を始めていますね。

私がよく存じ上げている先生は、病院を改築するときに、臨終の人のための部屋をつくりました。

一般の個室に畳敷きの十畳間が続いているから、大勢の家族が一緒に寝泊まりできるように

なっているのです。

玄侑:それはありがたいことですね。

鈴木:その先生は「人間にとって最も大切な時間は死ぬときだ」と考えていらっしゃいます。

人生最期の時間は親しかった人たちに囲まれ、心おきなく過ごすことが大切だと。どうしても

病気が治らないのならば、最期の瞬間を豊かなよいものにしたいという発想から生まれた部屋です。

玄侑:ほんとうなら住み慣れた我が家で、家族と一緒に最期を迎えるのがいちばんいいんでしょうけれど

、なかなかそうはいかないから。

鈴木:ええ。実際にその先生は、死ぬ前にどうしても家に帰りたいというおばあさんを家に帰した

こともあるそうです。そのおばあさんは末期の喉頭がんで、もう声もでなくなっていたのですが、

筆談で「家に帰りたい、家に帰りたい」と訴えるんですって。だから「一時間だけ」という条件で

息子さんが背負って、先生も一緒に付き添って。

玄侑:それでおばあさんはどんなふうでした。

鈴木:二人だけ家に入って、先生は玄関でまっていらしたそうです。家のなかからはなんの音も

聞こえてこない。しんと静まりかえっていたんですね。二人の間でどんな筆談が交わされ、どんな時間が

過ぎたのか、先生にもわからないそうです。だけど一時間後にふたたび息子さんに背負われて出てきた

おばあさんは、ほんとうに晴れやかな顔をしていたそうですよ。それで息子さんが「すみました」と。

玄侑:ただ二人で並んで坐っていただけかもしれませんね。でも、それが人生の終わりにあたって、

おばあさんが一番必要としていた時間だった。

鈴木:先生がおっしゃっていました。医者ができることは、薬を処方したり注射を打ったりすること

だけではない。患者さん本人の望みをできるだけかなえてあげることだと。

玄侑:私は僧侶であり、一応作家でもありますから、宗教と文学のかかわりにとても興味をもっている

わけですが、もう一ついえば医学とのかかわりですね。医学と宗教はなかなか合流しにくいかもしれませんが

そうした状況も変わっていくのはないかと思うんです。今はまだはっきりした道が見えないけれど、いつかは

やがて合流していくのではないかと。

鈴木:ええ。私もそういう気がしています。

玄侑:人間が病むのは、全人的なこと、精神も肉体も含めたものだと思います。だから、宗教行為がすなわち

医療行為だということもあるし、その逆もありえる。だって実際、誰かに抱きしめられただけで病気が治る

ということもありますから。「癒す空気」とでもいうのでしょうか。そもそも人間には自然治癒力が具わって

いるといいますが、その実体はいまだに厳密にはわかっていないですよね。

鈴木:ほんとうに不思議です。

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