胡蝶の夢

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胡蝶の夢

2017.10.26

今月もわが玄侑さんの書「やがて死ぬけしき」から抜粋させていただきました。

 

荘周(荘子)が蝶になって飛んでいる夢を見ました。夢で別の人や別の生き物になっていた

などどいう経験は、皆さんにもあるかと思います。目が覚めてみたら、当然ながらまた自分

だったのです。そのとき、ふつうは「あ、夢で私が蝶になって飛んでいたんだな」と思うわけ

ですが、荘周は、それもそうだけれども、もしかすると今の自分も、蝶が見ている夢じゃないのかと

思ったのです。「すると、これもまた覚めるのではないか」というわけです。

覚めたときに、蝶になっているのか、別のものになっているのかはわからないけれども

今、この現実だと思っているものが唯一の現実なのか、そうではなくて、状況が全く変われば

「ああ、面白い夢だったな」というふうにこの今という時間が思い返されるのではないか、と見ています。

荘子は、この見方が、どんな現実に対しても当てはまるのではないかといいます。夢を

振り返ってみると、私は蝶になっているときには蝶そのものの心になって楽しんでいた。今は荘周という

人間の心で生きている。でもこの先、どんな変化があるかはわからない。わからないけれども

その変化に応じた心で楽しんでいくしかないね、というのが胡蝶の夢の趣旨だろうとおもいます。

 

たぶんわたしも彼岸にいってからは、今のこの現実と思われている時間を、懐かしい夢として

思い起こすのではないかと考えています。

現世よりはるかに長い来世からみると、この地球上に存在して、苦の人生を歩んでいる我々の現実は

仮の姿なのでしょう。

夢の途中なのでしょう~

お葬式の意義

2017.09.30

今回は玄侑さんと、宗教哲学者で京大こころの未来研究センター教授の鎌田東二氏の対談

「原子力と宗教」の中から抜粋させていただきました。

 

玄侑:被災地のお寺はどこも本当にたいへんでしたよ。お葬式のできない状態になってしまっている

お寺さんもたくさんありました。ただ、ここでもヨコのつながりがものすごく発揮されました。

全国あちこちから手助けがありました。

喪の仕事だけでなく、「作務」的な活動もいろいろ行われた。瓦礫の片付けに道場ごと雲水を

差し向けるといったところもありました。

福島県の場合は、原発からの避難ということがあって、震災後も混乱が続きました。「うちの和尚さん

は今どこにいるんだろう?」ということがわからなくなってしまったところもありました。県の宗教者

連合会によってやっと被災地エリアの和尚さん方の連絡先リストが作成され、今はそこに問い合わせれば

一応全部わかるようになってきましたが。

鎌田:なるほど。さまざまなヨコの連携があった。宗旨宗派を問わず、合同で鎮魂供養して祈りを捧げようと

する動きもありました。

ここ二、三年くらい、「無縁社会」ということがあちこちで言われてきました。「孤族」というような言葉も

出てきました。「葬式は要らない」といった考え方の葬送の簡略化風潮が高まって、都市部においてはそういう

ものに共感する人たちも出てきた。しかし、今回見ていると、日本人の埋葬方法や弔いへの思いは依然として

強いものがあると思いましたね。とくに東北のように人々が土地に根付いているところだったということも

あるでしょうが。

玄侑:こういう事態になってみて、お葬式は要らないなどという話は吹っ飛んだのではないかと私は思います。

葬式というのは、別に死者の生前の功績を称えたり、周囲の人に対する見栄でやったりするものではない。

生き残った者が死者を丁寧に送り出すことによって、明日に向かっていくためのステップにもなる。

あらためてそういうことを感じられた方が多いのではないかと思うのです。

鎌田:葬送儀礼、死者儀礼への見直しがある、と。

玄侑:もちろんすべてがそうだというわけではありませんが。ただ、儀式というものをやることで、生き残った

人たちは心に少しずつけじめがつけられるということがあります。その人の死を受け容れていくことができる。

行方不明になったままというのがなぜ辛いかと言えば、あきらめるべきなのかどうか心が定まらないからです。

仏教にしても、神道にしても、キリスト教にしても、死後の節目節目に儀式をやるのは、もちろん死者の鎮魂供養

もありますが、生きている側が死者を受容するためのプロセスでもあるのだと思います。

そういう意味で、葬式も何もやらないというのは、生きている人間にとって非常に中途半端なことに

なるのではないでしょうか。

「死にたい」という私 「生きたい」という全身

2017.08.31

「生と死」の21世紀宣言の中の、「相補性」で命を考える、という玄侑さんの講演から

抜粋させていただきました。

 

人間が生まれて、小さな子供のころは、脳の中もまだニューロンにサヤが付いておりません。

言ってみれば、裸の銅線が頭の中にいっぱい入っているような状態です。もうすぐに漏電します。

漏電するということは、ものすごいスピードで一気に伝わるということです。ですから、「この

おっちゃんが良い人かどうか」というのは、彼らは瞬時に判断しています。子供には口で何を

言っても誤魔化せないというところがあります。私は子供に選挙権を持たせたらどうかと思うのです。

口で誤魔化される、大人だけが選挙権を持っていますからね。

しかしそういう子供も、だんだんと育ってサヤができてきます。ニューロンにサヤができて、電流が

一方通行になってきます。完成するのは今の学説ですと大体14歳くらいと言われています。これが完全に

サヤで覆われてしまうと電流が一方通行しますから、論理が使えるようになり、計算も正確にできるように

なると言われています。けれども、同時に、直観力を失うのではないかと考えられます。それがいわゆる

大人というものであります。論理で考えるしかなくなるのです。直観でわからなくなりますから。だから、

立派そうなことを言ってると、立派だと思うようになってしまうわけです。

子供はだまされません。犬もだまされません。猫もいちばん、だまされません。ところが人間は

そうやって物心がついて、知恵づいて、「私」というのがだんだんできあがってくると、この「私」が

判断するわけです。「私」が「死にたい」などと思うわけです。「死にたい」と思っているのは「私」

だけ、この「前頭葉に住んでいる私」だけです。右手などは「死にたい」とは思っていない。左足も

元氣。そういう状態で「死にたい」と思ったところだけが、全身を道連れにして死のうと思う。だから

もがくのです。それほど「死にたい」なら大人しく沈めば良いのに、水に入った途端に前頭葉の支配は

崩れますから、全身「生きたい」という状態になってしまうわけです。

 

わたしも、仕事も卒業できて、ある年齢になったら、ニューロンのサヤがはずれて、子供のときのような

生活ができることを楽しみに待っております。

本来無一物の安心

2017.07.22

(「生と死」の21世紀宣言)の中から、倫理学者の竹内整一さんのお言葉を引用させていただきました。

 

近代日本の初発をリードした一人に福沢諭吉がいます。彼の晩年に、「人間の安心」ということを

述べた文章があります。その中で福沢はこう言っております。

「この宇宙無辺の中で地球などというものは大きな海に浮かんでいる芥子粒ほどもない小さなものだ。

ましてや人間などというものは、その小さな芥子粒の上に生まれ、そして死んでいく無知無力、見る影も

なき蛆虫同様の小動物なのであって、石火電光の瞬間、偶然この世に生まれ呼吸し食べ眠り、また喜んだり

悲しんだりしながら、あたかも夢を見てその夢が覚めたら何も残っていない」

だから人間がいろいろあくせくしているのは浅ましくもおかしいことではあるけれども、生まれ出た以上は

何か覚悟を持たなければならない。その覚悟は何かというと、蛆虫なれども、戯れなれども、それを引き受けて

あたかも真面目に努めていく、一生懸命やってみるということだ。「人間の安心」法は、大体そのへんにある、と。

ちょっとわかりにくいのですが、違うところで、「本来無一物の安心」などという言い方もしています。

本来何ひとつ持って来なかったし、何ひとつ持っていけないのだから、何を失くしても安心だということです。

慶応義塾は彼にとって大事な心血を注いだ事業です。でも、こんなものはもともとなかったし、いずれまた

なくなる。そう思っていたから自分は気が楽で、いろんな駆け引きもできたし活発にやることができ、

うまくいったのだとも言っています。

こういう人間認識は、啓蒙家の福沢には少し意外ですが、しかし、福沢は、そういう人間観を持つことによって、

むしろ逆にそこに、安心、あるいは活発さ、さらに言えば、それを引き受けて生きることができるところに

人間の尊さがあるのだと論理をひっくり返して説いているわけです。

 

わたしも文字通り、本来無一物からゼロからスタートした事業でありますので、ゼロになって終われれば

いいと考えております。ただ、その内容は心血を注いだものでないといけません。人のためになる仕事を

しなければなりません。そしてゼロで終わっていければ私の人生は幸せであった、ものを思われます。

生きることは、きっと逢ったことのない新たな自分を待つことに違いない。

2017.06.25

賢僧でなおかつ稀代の作家である玄侑さんならではのお言葉だとおもいます。

 

玄侑さんの書「日本的」のなかから抜粋させていただきました。

”生きることは待つこと”

「待」という文字には「寺」が入っている。本来「寺」という字はある状態を持続させる

ことを意味するから、「待」つとは時がきてもそのままなにかを保っていることだ。

そういえば寺ではお墓や仏像や位牌や庭木なども、すべて何かを待つために存在している

のかもしれない。参られないお墓もあるし、滅多に拝まれない仏像だってある。それでも保たれ

つづけるところに「時」は発生するのである。

来ないかもしれない相手を待ちつづける。来るかもしれないと期待し、ときには揺れながらも

信じて待ったりする。小説に限らず、およそ作品を作るという営みもおそらくそういうことだろう。

むろん待ちぼうけが続いて絶望したくなることだってあるに違いないが、それでも我々は待つしか

ない。書きながら読者の目を待ち、今はイネの穂の順調な成長を待ち、そしてお盆を間近にして先祖

たちの還りを待っている。

 

生きることは、きっと逢ったことのない新たな自分を待つことに違いない!

自らを拠りどころとせよ、私なんかに甘えるな

2017.05.27

我が玄侑さんと瀬戸内寂聴さんとの対談「あの世この世」から抜粋させていただきました。

 

玄侑:お釈迦様がアーナンダに最後のお言葉を訊かれて、「自らを拠りどころとし、法を拠りどころとせよ、

それ以外を拠りどころとしてはいけない」とお答えになりますけれども、普通の、たとえば新興宗教の

教祖とかそういう人たちでしたら、私の考えを拠りどころとしなさい、私の教えを守りなさいと言うはず

なんですけど。そこが信じられないくらい偉大ですよね。

瀬戸内:ええ、そうです。そこが違うんです。あれは素晴らしい。「自らを燈明とし、自らを依拠として」

と。お釈迦様は、ご自分の言葉を守れ、、ご自分を手本にせよ、などとひとことも言っていないんですからね。

玄侑:それぞれが孤独なんだと。

瀬戸内:そうです。

玄侑:そして、その孤独の中から、尽きせぬものをくみ出して、そして、それを拠りどころとしなさいという

教えだと。

 

皆様もいろんな書物で「自燈明」という言葉を見たり、聞かれたことがおありかとおもいますが、

上記の対談がまさにそれです。

ただ、わたしは、世俗に生きている限りは、なかなか自燈明を実践するのは困難なことだと思います。

しかし理想ではあります。

いろんなしがらみや苦の中で生きていく人間は、死ぬ瞬間に自燈明を実現できれば、最高なのでは

ないでしょうか?

わたしは、死ぬ瞬間に、「我が人生、他人に迷惑をかけずに、一所懸命生きてこれた。」と感謝の

気持ちを持って、孤独に死んでいければ、これが自燈明の実践ではないかと愚考します。

「自分に合った仕事」なんかない

2017.04.16

今月は、養老孟司先生の書「超バカの壁」より抜粋させていただきました。

養老先生は皆様ご存じのように、東大医学部卒の解剖学者ですが、頭の堅い科学者ではなく

仏教の考えを背景にお持ちで、医学という閉鎖社会にとらわれずに、人間の本質を

的確に分析・考察されています。

 

もっとも、ニートやフリーターの人が幸せかどうか、それは別の問題です。

どうも現状に満足しておらず、何かを求めている人が多いらしい。それで調査をすると働かないのは

「自分に合った仕事を探しているから」と理由を挙げる人が一番多いという。

これがおかしい。二十歳やそこらで自分なんかわかるはずがありません。中身は、空っぽなのです。

仕事というのは、社会に空いた穴です。道に穴が空いていた。そのままに放っておくとみんなが

転んで困るから、そこを埋めてみる。ともかく目の前の穴を埋める。それが仕事というもので

あって、自分に合った穴が空いているなずだなんて、ふざけたことを考えるんじゃない、と言いたく

なります。

仕事は自分に合っていなくて当たり前です。私は長年解剖をやっていました。その頃の仕事には、

死体を引き取り、研究室で解剖し、それをお骨にして遺族に返すまで全部含まれています。

それのどこが私に合った仕事なのでしょうか。そんなことに合っている人間、生まれつき解剖向きの

人間なんているはずがありません。

そうではなくて、解剖という仕事が社会に必要である。ともかくそういう穴がある。だからそれを

埋めたということです。何でこんなしんどい、辛気臭いことをやらなきゃいけないのかと思う

こともあるけれど、それをやっていれば給料をもらえた。それは社会が大学を通して給料を私に

くれたわけです。

生きている患者さんを診なくていいというのも、解剖に向かった大きな理由です。一番助かったのは

、もうこれ以上患者が死なないということ。その点だけは絶対安心でした。人殺しをする心配が

ないからです。しかし患者さんを診るという行為から逃げ出しても、遺族の面倒だとか何とか

実はもっと大変なことがありました。

社会、仕事というのはこういうものです。いいところもあれば、悪いところもある。

患者の面倒の代わりに遺族の面倒を見る。全部合わせてゼロになればよしとする。

あとは目の前の穴を埋めていれば給料をくれる。仕事とはそういうものだと思っていれば、

「自分に合った仕事」などという馬鹿な考え方をする必要もないはずです。NHKの「プロジェクトX」

に登場するサラリーマンも、入社当初から大志を抱いていた人ばかりではないでしょう。

合うとか合わないとかいうよりも大切なのは、いったん引き受けたら半端仕事をしてはいけないという

ことです。一から十までやらなくてはいけない。それをやっていくうちに自分の考えが変わっていく。

自分自身が育っていく。そういうふうに仕事をやりなさいよということが結論です。

耳順(じじゅん)

2017.03.18

孔子先生は五十で天命を知って、六十で「耳順」と仰いました。

私もあと2年で耳順の年齢になりますが、果たしてあと2年で、どんな意見にも

「ああ、なるほど」と言って理解でき、腹もたたないでおれるのだろうか?

耳順を実践するためには、やはり「謙虚」でないといけないと思う。

人間の美学は「謙虚さ」である、と仰っている先人も多いです。

人間の争い、政治の世界での不正・嘘、すべて謙虚さの無さから発生しているとおもいます。

これまでの経験から耳順・謙虚であることは非常に難しいことだとおもいます。

子供の頃は、「人間は右肩上がりに成長していく。」とおもっていましたが、

現実は全く違います。むしろ反対のような気がします。私も含めそういう大人が多いです。

少しでも耳順・謙虚に近づけるよう、努力していきたいとおもっております。

 

人智の及ばないもの・・

2017.02.23

今日も玄侑さんの「まわりみち極楽論」から抜粋させていただきました。

わたしは玄侑さんの書を座右に置いていますが、玄侑さんのお考えはわたしの生きる道しるべ

になっています。

 

二十世紀初頭に活躍したアインシュタインはこの世界を考えるパラダイム(軌範)を変更させるほどの

業績を残しました。そのバリバリの科学者である彼が、「神はいるとおもいますか?」と訊かれて、次の

ように答えています。「この世のなかをつぶさに見て、これほどの調和が、なにか計り知れない偉大な存在

なしに実現しているとは思えない」って。しかし彼ら物理学者たちは、ゴッドという表現を避けて、

Something Greatと言っています。まあ「この偉大なる何者か」を、人によって地域によって、神と呼び、

仏と呼んでいると思っていいと思います。あるいは老子の「タオ」も荘子の「混沌」や「真」もそうでしょう。

仏教ではこうしたものを全部含めて「仮名(けみょう)」と呼んでいます。

本当のところ、言葉で言い表せない存在だという認識があるわけです。しかし存在というのは表現されないことには

意識化できないですから、多少感じは違ってくるにしても皆それぞれに工夫して表現したわけですね。

「これほどの調和」と物理学者が言う内容は、私たちは詳しく知ることができませんが、例えば簡単なことで言えば

雪の結晶がどうして全て六角形になるのかも人間にはまだ説明ができないわけです。まあどんなに複雑な結晶を

作っても、そこに生命を吹き込むことができない、というのも勿論そうです。

宇宙に行ってきた人々もそうですが、むしろ最先端の科学を学んだ人ほど、人智の及ばない世界に触れる

ことになる。

 

ドイツかオランダの有名な外科医のこのような言葉も有名です。「手術はわたしがする、しかし癒すのは神だ。」

私も30数年医者をやっていますが、やればやるほどこの言葉の重みを痛感いたします。

 

 

「本来の自己」に戻るための物語としてのお正月

2017.01.1

年の初めはやっぱり我が玄侑さんです。

「お坊さんだって悩んでる」の中から抜粋させていただきました。

 

本来、お正月は「修正会」と呼ばれます。つまり正しい月ではなく、修正する月なのです。

一年の間に歪んだり捻じれたりした部分を元に戻す、というわけですが、ここで重要なのは

元々の状態がよほど良いものと考えられていることです。

大袈裟に言うと、「本来の自己」に戻る、ということですが、修正してニュートラルに戻る

ことがめでたいということは、「本来の自己」がよっぽど素晴らしいということです。

世の中には人間は原罪を背負って生まれたのだからそのままでは信用できない、と考える

宗教もあるわけですから、「本来の自己」が素晴らしいというのも、べつに確たる証拠が

あるわけではありません。ただ、そう信じる、ということです。

素晴らしいと信じる自己に戻る、というので「愛でたい」わけですが、それはいわば物語だと

云えるでしょう。

なあんだ物語なら関係ないや、と思われるかもしれませんが、私たちの人生は幾つものそうした

物語に支えられているのではないでしょうか。とくに死者との別離においては、葬儀や埋葬の

儀式がこのように行われることが「成仏」につながるのだ、という物語を執行しているに過ぎず

それは証明しようのない物語としての納得を提供しているに過ぎません。しかし、そこでは、手続きに

込められた真心によって、明らかに我々の心は新しいステージに運ばれるのです。

そう、お正月がめでたいというのも物語であり、しかもそこにはめでたく感じるための手続きが

必要です。

年末の大掃除は重要な手続きでしょう。女性にとってはお節料理を作る作業も重要かもしれません。

掃除もせず,お節もスーパーから届くというのでは、めでたさも中くらいなり、までも行かないでしょう。

めでたさの分量は、おそらく準備の手間暇に比例するのだと思います。

最近はなくなってしまいましたが、日本には古来さまざまな通過儀礼がありました。七五三、元服なども

スムーズに男の子や女の子になり、それから大人の男や女になるための、智慧深い儀式だったと云える

でしょう。べつに昨日とたいして違うわけじゃない。しかし、「その気」になり今日からは違うと思う

ことで、人はスムーズにそのように変化できたのだと思います。元服して新しい名前を貰うことは、ある種の

生まれ変わりかもしれません。

要は一生というサイクルのなかでそうした通過儀礼を経るのと同じように、一年に一度、生まれ直しをするのが

正月なのです。しかもそれはよく知らない「本来の自己」への回帰という形です。

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