あきらめさせない社会

あきらめさせない社会

2019.03.26

尊敬する臨済宗の玄侑さん以外にも、立派なお坊さんがおられました。

真宗本願寺派の釈徹宗さんです。玄侑さんにも劣らない博識の学僧です。

さっそく4冊の書を購入し、懸命に読んでおります。

釈さんの「いきなりはじめる仏教生活」の中から抜粋させていただきました。

 

効率良く進歩を目指す近代社会というシステムは、次第に自己目的化し、次から次へと

欲望を刺激し、かってはあきらめていたものをあきらめさせない社会を作り上げました。

あきらめさせないベクトルをもつ典型として、近代教育と近代医療があります。どちらも

「あきらめるな。あきらめない者にこそ奇跡は起こる」と叫びつづける装置です。

現在、この装置が露骨に顕在化しているのは、生命操作技術ですね。典型的なトピックス

として、「不妊治療」があります。なにしろ、現在の不妊治療は、「ストレスを少なくし、

生活のリズムを整える」「基礎体温から排卵日を特定する」といった初歩的なものから、

「排卵誘発剤」や「EDの治療」さらには「体外受精」や「顕微授精」、そして「精子バンク」・

「卵子バンク」・「代理母」、「非配偶者間人工授精」と続き、最後にはクローン技術さえ

あります。これがだめなら次、次がだめなら他の手技、とあきらめさせてくれないのです。

不妊治療の現場では、常に「あきらめるな」というメッセージが発せられているからです。

脳死による臓器移植という技術も同じです。そもそも臓器移植に直結可能な脳死者は、すごく

少ないのです。それに対して、臓器移植を希望する人はものすごく大勢います。つまり、

大部分の人が、「移植できる臓器さえあれば」というあきらめられない苦悩を抱えながら生を

全うしなければならないということです。

「あきらめるな」というメッセージのもと、需要者と供給者とが共犯関係的に次々とニーズに

応える技術を生み出します。「より優秀な子供を」という思いがデザイナーベビーへとつながり

「別れたくない」という思いがクローン・ペットを購入することとなるわけです。

どうしても「規格外の人生」はおくりたくないんでしょうね。

このような生命操作技術は、ある面では大きな喜びをもたらし、ある面では新しい苦悩を現出

します。しかし、ここで私たちは、そのような現象面ではなく、喜びや苦しみを生み出す

メカニズムへと視点を移さねばなりません。

 

わたしは「あきらめる」ことも大事だとおもっています。

お釈迦様が仰っているように、「執着」はよくない。

とくに人生の終わりに際して、未練を捨てる決断をすることは非常に大切だとおもっております。

「没蹤跡(もつしょうせき)」という生き方

2018.12.27

今年も最後のコラムになりました。

1年間、わたしのコラムをご覧になっていただき有難う御座いました。

最後はやはり、尊敬する我が玄侑さんの書「日本的」から抜粋させていただきました。

この「没蹤跡」という言葉、わたしが座右に置いている「今を生きる」に通ずる言葉だと

おもいます。

 

足跡を残さないとうことは、死後ばかりでなく、生きているうちから過去を引き摺らない

ことでもある。禅では、過去を引き摺ることを泥亀に喩える。泥だらけの亀は歩いた跡を

甲羅の分まで大袈裟に残す。そんなふうに、自分の過去を人に示してどうなるのかと、禅家では

発想するのである。

最近はブログなど、自己言及と記録を兼ねたような文章をよく見かける。そして「自分は

こういう人だ」と、知ったようなことを書いているのだが、果たして人間はそれほど解りやすい

存在だろうか。熱心な記録や自己言及が、かえって自己をことさらに限定し、苦しめてはいないか。

歴史家にはうつ病が多いと云われるが、それも過去に一貫した解釈を求めすぎるせいだと思える。

現代人の多くは、たぶん情報という泥に浸かりすぎたうつ症状の亀なのだろう。

 

”没蹤跡” 難しい言葉ですが、わたしなりに解釈しますと、「今」に没頭することだと

おもいます。

来年も、仕事においても、家内の介護においても、「今」に没頭して

がんばっていきたいと考えております。

忘年会に想う~

2018.12.3

今日のNHK ニュースチェック11でやっておりましたが、女子社員にとっては忘年会は

憂鬱でしかないらしい・・です。

「女の子は、ばらけて坐って!ってすごく嫌」とか「社長の機嫌をとるのが憂鬱」とか

「今日は忘年会、会社潰れてしまえ」など、忘年会の評価は最悪のようです。

 

当院では毎年、夏に納涼会、冬に忘年会をおこなってきましたが、

昨年まではわたしも出席しておりましたが、必ず、職員たちのテーブルとは別の場所に

私と家内は坐り、職員と顔を合わず、会話もしないようなシチュエーションで行っていました。

今年の納涼会からはわたしは参加せす、きたる忘年会も出席しません。

わたしの愚考ですが、こういった会は、経営者が楽しむものではなく、従業員のかたをねぎらい

楽しんでいただくものではないでしょうか?

院内旅行もしかりです。当院は5年に一度、職員旅行を行っており、過去に、香港、沖縄、

北海道、城崎温泉と4回実施しましたが、わたしは一度も参加しておりません。

院長が一緒に行けば、間違いなくスタッフは気を遣いますし、楽しみが半減してしまうのが

わかっているからです。

「主役は従業員である」と考える経営者がいてもいいんじゃないでしょうか?

わたしはそういうスタイルがすきです。

何でもないようなことの幸せさ~

2018.11.28

高橋ジョージさんじゃありませんが、過去の「なんでもないようなことが幸せだった

と思う!」

つくづくそう思える今日この頃であります。普通であることがどれだけ幸せであるか、

痛感しております。

わたしの毎日の仕事は、責任を背負っていますので大変ですが、わたしは仕事において

”心が折れた”ことはありません。よく若者たちが”心が折れる”と安易に口にするのを

耳にすることがありますが、その大半はたいしたことありません。イチロー選手が言う

”心が折れた”には重みがあります、想像を絶する努力をされているからです。

ただ、今、認知症の家族をかかえており、毎日の介護において”心が折れる”ことが

数えきれないぐらいあります。意志の疎通がとれないので当然ですが、これも想像を絶する

大変さです。認知症の患者さんを持った人にしか分からないとおもいます。

介護を5年半ほど続けて、座右に置いているのが、「今を一所懸命生きる」ことです。

過去の元氣だった頃のことを回想して「あのころはよかった、なんでこんなになってしまったのか・・」

と想ったところでどうにもなりません。

これからも続く明日以降のことを考えても重圧、大変さに潰されてしまいます。

お釈迦様も仰っているように「過去・未来を見るな、今を生きよ!」

わたしも後先見ずに、今現在を一所懸命努力し、生きたいとおもっております。

散るもみじ

2018.11.2

家内の介護やらでなかなかコラムにまで手が回らずご無沙汰をしておりました。

今日は連休前で少し時間にゆとりがあり、書いてみようとおもいました。

今日も我が玄侑さんの「死んだらどうなるの?」の中から抜粋させていただきました。

”散るもみじ”はこの書のサマリーのような内容になっております。

 

死は日常のなかに見つめ、自分に見える現実を絶対化せず、しかしある種の連続性を信じて

精一杯生きる。そして瞑想という脳の使い方も忘れない。なんだかこんな結論になってしまった

けれど、ご不満だろうか。

ご不満でもこの際は仕方ない。

え?どうやって死んだらいいのか?

それは私に与えられたテーマ外だ。そんな心配しなくたって、大丈夫、死ぬ時節がくれば

ちゃんと死ぬ。良寛和尚もおっしゃってたではないか。「災難に逢うときは時節には災難に逢うが

よく候。死ぬ時節には死ぬがよく候。」と。

それに、人は死に方を選べない。なんだか最近は、欧米を中心に、個人の権利として自分らしく

死ぬ権利まで主張され、安楽死、尊厳死と賑やかだが、だいたい「自分らしく」なんていう思い込みは

瞑想という脳の使い方を知らないから起こるのである。大脳皮質の言語脳の考えることを奉りすぎている

にすぎない。

自分らしい、というのは本当はもっと深い事態だ。本当に自分らしくなるというのは、自分らしく

なくなることでもある。あ、また知性を超えてしまった。

ともあれ、死ぬ前にはきっと、思ってもみなかった自分に出逢うことで本当に自分らしくなるのでは

ないかと、私は期待している。しかし思ってもみなかった自分があまりに強烈で多数だと、昏睡

状態に陥るとアーノルド・ミンデルは言うから、なるべく普段から、思ってもみない自分と出逢っておきたい

と思う。それには、「自分はこういう人間だから」なんて決め込まないで、ご縁に応じてなんでもすること

だろう。

しかしたぶん、そんなふうに生きていっても、そうしても自分ではわからなかった自分に、死の間際には

出逢えるのではないだろうか。

良寛和尚は好感をもっていた30歳以上も年下の貞心尼に看取られ、下痢の世話までしてもらいながら

最期の時「うらを見せおもても見せて散るもみじ」と詠んだ。深読みかもしれないが、見せた「うら」

というのは、けっして下痢がやまず苦しい自分ばかりではなかったはずである。なんといっても散るのは

美しい紅葉なのだ。晩年に貞心尼を愛することで初めて知った自分もあっただろう。そして最期にモーロー

トシ、夢か現かわからないなかで感じ取った自分ならぬ自分もあったのではないだろうか。

ともあれ、それはそのときのお楽しみ。

お互い、死ぬまで元気に生きましょう。

 

わたしも死ぬ間際に、思ってもみなかった自分に出逢うことを楽しみにしているし、それによって

本当に自分らしくなれることも待ち望んでいます!

玄侑さんの宮澤賢治観

2018.07.29

玄侑さんの書「風流ここに至れり」から抜粋させていただきました。

 

宮澤賢治について論じるなんて、猛獣の何匹もいる檻のなかにはいっていくようなものかも

しれない。大勢の人が本気でカンカンガクガク論じる様子は、ほんとにちょっと怖いと思う。

どうしてそうなるのかと考えると、理由が二つ思いつく。一つは、賢治の作品や人生が、

そうして喧嘩になるような極端に違う人々にも愛されてしまうこと。そしてもう一つは、

その極端に違う人々にそれぞれ反論の証拠を与えてしまうほど、賢治の作品が暗喩に富んで

いるということである。

ぱらぱらと眺めているだけで、賢治のさくひんにはじつに多くの経典知識が感じられる。

そしてそれが、多くの暗喩を産みだすのだとも気づく。だいいち「春と修羅」の序文に

してからが、「般若心経」の翻案である。「わたくしといふ現象は、仮定された有機交流電灯の、

ひとつの青い照明です」というのだが、これは「色即是空」という世界認識そのものだ。

ご丁寧にも「ひかりはたもち その電燈は失はれ」と書かれるが、ここで「ひかり」は空であり、

「電燈」は色なのである。

賢治は熱心な浄土真宗信者であった宮澤家に生まれ、その影響下に育ちながらも、やがてキリスト教

や禅にも触れ、最終的には田中智学の影響を受けながら日蓮主義者になっていく。困ったことに

、賢治の作品にはこれらすべての宗教の影響が見られるのである。

賢治と父との間には、はっきりと宗教的な対立があったわけだが、そればかりでなく、賢治を

応援する人々はそれぞれ別な立場から賢治に共感し、互いに争うという現象が起こる。

賢治学界は、それほどに熱っぽいのである。

世界の幸福を目指した賢治を同じように愛する人々が、それゆえに争う姿はそれこそ「春と

修羅」ではないか。

賢治自身は「自己を見つめよ」と論す浄土真宗の島地大等と距離をとり、やがて久遠の釈迦仏を

信奉する「法華経」に没入していく。そのときの賢治は、もしかすると来世を信じていたのかも

しれないと思う。

「もうけつしてさびしくはない なんべんさびしくないと云ったとこで またさびしくなるのは

きまってゐる けれどもここはこれでいいのだ すべてさびしさと悲傷とを焚いて ひとは透明な

軌道をすすむ」

そうした悲壮な思いで、透明な軌道をいったいどこへ進むのか。「よだかの星」のよだかの

ように、猛禽にも食べられず、虫も食べずに済むには一つの星になるしかなかったのか。春は

此の世になかったのか。

どうしても宮澤賢治を想うと、私はそんな悲痛な思いをなぞらずにはいられない。「銀河鉄道の夜」

は、彼自身が自分のために書いた「中陰」の物語であり、彼はその後の、別な時空の存在を信じて

いたのだと思う。彼のためにも、それがあってほしいと思うこのごろである。

こころのゆとりについて

2018.05.24

今の物質文明社会で最も重要なのが、高効率・高利潤・利便性です。

その最たるものが、原発、スマホ(ケイタイ)、ネットetc.でこういった昭和にはなかった

ものの出現で人々の心の余裕、ゆとりがなくなっているのではないかと思います。

普段、一番気になるのが、黄信号の解釈の仕方です。確か教習所では「黄色は注意して止まれ」

だったとおもいます。ところが世の中の99%のひとは「黄色はアクセルを踏んで突っ走れ!」

です・・。みなさん、それほど一分一秒を争うことをされているのでしょうか?おそらく公道上で

一分一秒を争うのは救急車だけではないかとおもいます。

また、右折車がいて、うしろに何台も車がとまっていても右折車に譲ってあげない状態をよくみます。

わたしは別に一分一秒を争うことはしていませんので、黄信号では止まりますし、右折車には

パッシングをして先に行かせます。

これらは、物質文明社会の負の産物で、人々の心のゆとりがなくなってきているのではないかと

危惧します。

心のゆとりとは、他のひとを思いやる慈愛の気持ちではないでしょうか?

わたし的には、旧き良き時代・昭和につづく平成ももうすぐ終わりますが、つぎの時代は

「善は急げ」ではなく「急がば回れ」で生きていきたいとおもっております。

何となく嫌な感じがする場合、その「何となく」の部分を大事にしろ

2018.05.5

久しぶりのコラムです。家内の介護や92歳になる親父の世話などにバタバタしており

なかなかコラムを書く時間を造れませんでした。連休を利用して書いています。

今日は、済洞相対しての対談、「からだに訊け、禅的生活を身につける」の中から

抜粋させていただきました。私が尊敬する臨済宗の雄・玄侑宗久さんと曹洞宗の高僧・

板橋興宗先生の文字通り済洞の雄の対談です。

 

玄侑:何となく嫌な感じがするとか、頭ではそんなはずはないと思っているのだけれども

、何となくそんな予感がするという場合、その「何となく」の部分を大事にしろと

言いたいですね。

板橋:何となくのままにおればいいのです。わかろうとしないでぼーっとしておればよいのです。

玄侑:そうですね。

板橋:そうすると、何となくの嫌な感情も微笑みの感情に変わってくるのです。だから

煩悩の多いほど喜びに転化します。

私の所によく悩みを持った方々がいらっしゃる。それを見て私は「あなたはマイナス二、三ぐらいだな」

といいます。だけどそういう人は良くなってもプラス二、三くらいです。ところがたまにマイナス五十

ぐらいの悩みを持った方がいらっしゃいます。こういう方はつらいことがあっただけ、転化すると必ず

よくなります。私も励ましながら「あんたのマイナス五十はプラス五十になる可能性がある」

と話します。

渋柿の渋さが強いほど、熟したときに甘い柿になるものなのです。

「老い」を楽しみ、「死」を憩う~

2018.03.9

皆様ご存じの荘子の言葉です。

還暦まち’’かの私は、まさに「老い」を楽しむ準備をしなくてはなりません。

さて、どうやって楽しむのか?

アンチ・エイジングか?瞼も頬も乳も尻も歳とれば垂れてくる、それに抗って美容整形しても

内面(精神)が伴っていなければ、ただの変な物体である・・

わたしは肉体的に醜くなることを風流ととらえ、その反面、内面を高めていくことが

楽しみで仕方ない。醜い爺さんになっても、しっかりした書物を読み、精神面を

若い頃より高めていく、これが自然な歳の取り方ではないでしょうか?

「死」を憩う、とはどういうことだろうか?

荘子さんもお釈迦様も私が尊敬する玄侑さんも、「死んだらどうなるの?」の問いには

答えることができない。死の瞬間、それまでの人生に感謝し、その直後に訪れる死後の世界を

楽しみに待つ、それを風流と考えることではないかと自分なりに解釈しています。

果たして皆様は如何でしょうか?

閑古錐(かんこすい)

2018.01.23

今年最初のコラムです。

今年も1年宜しくお願いいたします。

 

ご存じかとおもいますが、閑古錐とは使い古し先の丸くなった錐(キリ)で「役に立たない」ことを

意味します。

禅の世界では、老師、高僧のことを閑古錐というそうです。歳老いてはいるが、決して他を傷つける

ことがない、悟りを開いておられるということではないでしょうか。

わたしも、現役で仕事を続けるあいだは、人のために役立ち、社会貢献していきたいと考えておりますが

内面的には閑古錐のようにけっして他を傷つけることがないような歳の取り方ができれば良いかと

おもっております。

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