一日一止、七走一坐

一日一止、七走一坐

2013.08.11

四文字熟語が続きましたが、お盆もきますので今日でしばらく

四文字熟語はお休みします。

 

「一日一坐」とは、中国の言葉らしいです。

一日に一度立ち止まれば、正しい生き方ができる、という意味です。

「一」と「止」をあわせると「正」という文字になります。

 

「七走一坐」は禅の言葉だそうです。文字通り、七回走ったら一度は

坐れという意味で、走り続けることは絶対にできない、しばらく全力で

走ったら一度休息を取り、おのれの走りを見直すことが大切だ、との教えです。

日々是好日

2013.08.10

日々是好日(にちにちこれこうにち)

 

お坊さんM氏のお言葉を借りました。

この「好日」は単に「いいことが起きる一日」「楽しい一日」という意味では

ありません。その日どんな出来事があっても、その日にしか体験できない。何の変哲も

ない日も、飛び上るほど嬉しいことがあった日も、失望に肩を落とした日も、すべては

二度と来ない大切な一日だということです。

たとえ精神的にダメージを受ける出来事があったとしても、それを新しい自分になるための糧に

できれば、ひとつの「貴重な経験」になります。将来成功するための試練が与えられたと思えば、

意に染まぬ出来事も、その意味はまったく変わるものです。

 

そう考えるとどんなことも「ありがたい」ことですね。

脚下照顧

2013.08.2

脚下照顧(きゃっかしょうこ)

 

禅語で、「自分の足元をきちんと顧みよ」という意味です。

蓮は泥より出でて泥に染まらず

2013.07.30

私が尊敬する曹洞宗のお坊さんM氏の書より。

 

蓮が育つのは、清らかな水ではなく濁った泥の中。それでも蓮は泥に

まみれることなく、花芽を伸ばして気高く美しい花を咲かせます。

 

自分の仏性を磨いていけば、どんな環境にいてもその影響を受けることなく

心穏やかに自分の花を咲かせることができるという意味ですね。

こうありたものです。

任運自在

2013.07.22

「任運自在」(にんぬんじざい)

 

禅語で、流れに身を任せその巡りあわせを味わうことです。

大きな流れに自分をあずけて、悠然と生きることです。

嫌なこと、腹の立つこと、思わぬアクシデント・・・。どんなことが起きても

任運自在、飄々と生きることを目指したいですね。

歓迎、効率の悪さ

2013.07.12

利便性や効率性を重視したため、大変なことになってしまったことは前に述べました。

 

今日は尊敬する坊さんG氏と思想家・人類学者のN氏との対話から抜粋しました。

G氏:福島県の農業従事者数は全国二位(2011年)なんです。ところが、生産高は

十一位(2010年)なんです。つまり、効率がとても悪い。この効率の悪さが私は

好きなんです。

N氏:効率の悪さこそが、将来の日本農業の武器になると、ぼくはにらんでいます。

福島県はとくに有機農法も大変盛んなところで、そのことも効率の悪さに関係

しているかもしれませんね。

 

私も効率の悪さは大歓迎です。人類は一度、原点に戻らないといけない。

原発を続ける限り、人類滅亡は免れないでしょう。

先のことはわからん

2013.07.8

尊敬するお坊さんG氏と、精神科医で人間・環境学博士のK氏の対談から

 

G氏:若者をはじめ現代人はフロンティアスピリッツがなさすぎる。極端なのは、子どもを産んだあとの

ことを考えると大変だから産まないでおこうという選択。産んでもいつかその子が自殺するかもしれない

と思えば、最大の安全策は産まないことでしょう、そこまで行ってますよね。計画とか目標というと、

とても立派に聞こえますが、私などには、それは予断としか思えない。「先のことはわからん」が

禅宗のお坊さんの口癖だったと江戸の川柳にあるのですが、いまはわからない先のことに対して

一所懸命計画するわけでしょ?それで自分を牽引していくというならまだいいのですが、状況が変わっても

その計画のほうにしがみついて、目標と一緒に心中するという感じがありますね。

 

K氏:いまは、挫折や失敗といった「対象喪失」にできるだけ直面させない、怪我をさせないように極力

配慮しますから、子供の側も、失敗したり、ヘタを打ったりすることを怖がるわけです。

「先のことはわからん」とは、とても素晴らしい言葉です。実は人生ってそういうものですから。

エイジングを楽しむ!

2013.07.1

私は、アンチエイジングという言葉は好きではない。

老いに逆らって若さを維持したいというのは、若さに対するコンプレックスや憧憬があるからでしょう。

要するに今の自分に自信を持っていない現われと考える。

 

五木寛之氏の言葉を借りますと、「アンチ」ではなく、「エンジョイエイジング」で、エイジングを

否定するのではなく肯定しながら愉しむという発想ができないかと、僕は考えているんです。

たとえば登山では頂上を目指して、荷物を抱えて必死に登るでしょう。その時は前しか見ていない。頂上に着いて下山する

ときは、ちょっと気持ちに余裕があるから、ああ向こうに海が見えるな、足元には高山植物が咲いているな、あそこに

雷鳥がいるなというふうに優雅に安全に一歩一歩降りてゆく。これが人生後半の成熟した生き方だろうと思うんです。

 

玄侑宗久さんの言葉:過去のある時期が頂上だったとは考えないんですよ。常に今が頂上である。70歳なら

69年待ちに待ったピークの70歳がいまきているんだと考えたい。

国民総幸福量

2013.06.22

これも、私の尊敬するお坊さんのお話を引用したものですが

 

市場原理が優先される国民総生産(GNP)ではなく、国民総幸福量(GNH)を掲げるブータンは

経済的には日本よりはるかに貧しい国である。ところが、来日した国王夫妻の清々しさ、所作の

美しさに胸をうたれた人は多かったはずである。

ブータンのようになれというわけではない。もういい加減、市場原理や集約化、システム化からは

離れ、日本独自の価値観を目指してもいいのではないだろうか。

 

さいごまで家族

2013.06.20

好きな言葉です。すばらしい言葉です。

 

今、福島で行き場のなくなった動物たち、保健所で殺処分が決まった子たちを救い出し

まず自宅で一時預かりをして里親様を捜す活動をされている方がおられます。

「さいごまで家族」の会。

人間だけに限らず、犬や猫たちも最後まで家族でいられることは本当に素晴らしいことです。

私も昨年12歳で亡くなったセント・バーナードの介護を約1年半やりましたが、私が犬の介護によって

犠牲を強いられているという思いは全くなく、介護が生活の一部になり、仕事とのメリハリがついて

すごく生き生きしていたように思います。亡くなったバーナードも、さいごまで家族でいられたと、きっと

思ってくれているとおもいます。

 

今、昨年福島よりやってきた老柴も同じような状況になってきていますが、逝くときに「さいごまで家族」でいられた

と思ってくれるように、大切に介護していきたいと思います。

これからも「さいごまで家族」の会を応援していきたいと考えております。

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